年度別受賞作品
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沈黙は金

第14回 2010年度 受賞作品
入賞作品
作者名:浦野志緒
所属企業:㈱板垣 館林本店

記事(紹介文)


 「沈黙は金」という言葉があります。雄弁よりも沈黙の方が、物事が有利に展開したり、相手に影響力があるというような意味ですが、しかし私達接客販売業に必要なのは、自分の知識をお客様に上手く伝えること。沈黙するなんて、お客様を前にしてもっての外! と思っていました。
 そんな私がある日店頭に立っていたところ、片足を引きずりながらゆっくりと歩く、70歳近くの1人の男性が来店されました。私はいつも通り「本日はメガネをお探しですか?」と声をかけましたが、男性は無言。一瞬戸惑いましたが、しかし男性が私の目を見て、必死で口を動かし、何かを言おうとしているのが伝わりました。何か話したくても、声が出ない様子です。そこで私は男性を席に案内し、男性の前に座りました。
 しばらくして、男性がゆっくりと「脳梗塞で、うまく話せない」とおっしゃいました。申し訳なさそうな、そして少し困ったような声でした。筆談の方が良いか尋ねましたが、腕も震えてしまい、あまり字が書けないとの事でした。私はわざと明るく、「そうでしたか! お話はゆっくりでいいですよ」と答えました。
 その後は、本当にゆっくりと、話を進めていきました。フレームやレンズを選ぶのにも、それぞれのお客様にお好みやご予算があります。その男性も「もっと大きいものがいい」「もう少し安いものがいい」と、私にご要望を伝えてくださいました。しかしやはり言葉が上手く出てこないようで、私の質問に対し、たっぷり10秒ほど間があいて、口を必死で動かして、やっと答えている状態でした。
 無事、フレームもレンズも決まり、1週間後に出来上がった商品をお渡しすることもできました。お帰りの際に、片足を引きずりながら何度もお辞儀をして帰っていく姿が印象的でした。
 それから数日後、その後のメガネの調子はどうかと、男性の家に電話を入れたときのことです。電話に出たのは男性の奥様でした。奥様は「ああ! メガネ屋さん!」とおっしゃった後、何度も何度もお礼を言われたのです。男性は店から帰った後、奥様に私のことを話したようで、上手く話せない自分に笑顔で対応してくれたことや、自分が話し出すまで、嫌な顔をせず待っていてくれたことが、とても嬉しかった。そのようなことを、とても嬉しそうにお話しされたとのことでした。
 今まで私は、お客様との会話が途切れないように、沈黙を作らないように、と一生懸命話をしていました。ところが今回の男性は、その私が作った「沈黙」に感謝してくださいました。お客様の状況に応じて、ゆっくりと話を進めていく。そのことがこんなにも感謝されるとは思ってもいませんでした。沈黙は金。そんな言葉を思い出してとても暖かい気持ちになれた日でした。

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