年度別受賞作品
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きっかけはいつもお客様

第15回 2011年度 受賞作品
優秀賞作品
作者名:野村 恵
所属企業:㈱赤坂柿山 池袋西武店

記事(紹介文)


 仕事を始めて2年。私はこの仕事が好きだし、自分に合っていると思っている。自分が売っている商品が好き。人と話すことが好き。口から生れてきたと言われるくらいだ。物覚えは悪いけれど、なんとかなっている。昨年まではそう思っていた。
 昨秋の夜、50代の男性が売り場に立ち寄った。
「この前買ったのが美味しかったんだ」。(以前も来てくださったんだ)と思い、記憶がないままとっさに「またお立ち寄りくださってありがとうございます」と伝えた。すると、「覚えててくれたの?」と返ってきた。
 戸惑った。今までは一声掛けても、会釈などでしか返ってこなかったからだ。それでなんとかなっていた。どうしよう、という顔をしてしまったのだと思う。男性から「何日か前に貴女のお薦めを買ったのだけど…。覚えてないよね」と、少し淋しそうだった。
 そう言われて思い出してきた。お話していくつかお酒に合うものを薦めた方だ。しかし、その商品が一向に思い出せなかった。何と伝えればいいのかと迷っていると、男性は微笑んで「いいんだよ、気にしないで」そう言って、また少し話し、その日お薦めしたものを購入して行かれた。少しでも覚えていることを伝えたいと、以前した話を会話の中に出したが、それでも商品は思い出せなかった。
 去り際に、「次は間違いなく、この商品をまたお薦めしますから」と伝えると、「いいんだよ、僕さえ覚えていれば」と優しく告げて帰られた。悔しくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、あの人だとわかっても、覚えていたことにはならないのかぁと思った。
 何日か後、いつも決まった商品を買われる女性のお客様がご来店された。先輩にだけ話しかける方だったが、取り置きが何回もあったので、顔・名前・好きな商品を私も知っていた。その日先輩は休みだった。お好きな商品は入荷したてで、まだ表に出せていなかった。お伝えした方が良いだろうと思い、「○○様、いつもありがとうございます。今ちょうど入荷があったのでいつものお品ございますよ」と話しかけてみた。するとお客様は「覚えていてくれたの?」とビックリされた後、初めて笑顔を見せてくださった。その笑顔を見てやっと気付いた。お客様より先に自分の気持ちで動かないとお客様の心を動かせないということに。1年目は全てが新しく覚えることだらけで、まずは接客の基本ができるようにと必死だった。慣れてきて、プラスアルファの言葉を添えようと見よう見まねでやってきたけれど、自分の言葉にあまり責任を持っていなかった。
 お客様が慣れた手つきで商品を選んでいる様子や「前に買った」、「いつも使っている」という言葉を受けて「いつもありがとうございます」という台詞を規則的に付けていただけだった。男性はそれに気付き、取り繕って満足している私にも気付いたのだと思う。それでも優しい言葉を掛けてくださった。怒られるよりも身に染みた。自分の言葉を大事に考える大きなきっかけをいただいたのだった。
 日々の接客でお客様から教えられることはとても多い。まだ自分で気付けていないことがたくさんある。気付けるのはいつになるかもわからない。でもそのきっかけは絶対お客様だと思う。
 そう考えるとやっぱりこの仕事は面白くて好きだと思える。頑張ろう。

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