年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
作品ジャンルで探す
作品カテゴリーで探す
キーワードで探す
各記事には関連キーワードを設定しています。
自転車・メガネ・子供・感激…などキーワードを入力してください ※複数は(カンマ区切り)

かっぱの服

第18回 2014年度 受賞作品
入賞作品
作者名:  原 朝子
所属企業: ㈱有隣堂

記事(紹介文)

 
 ほんの少し前のお話。とある海の近くの町に大きな本屋さんができました。
 その本屋さんには、絵本や童話がたくさん。「僕を読んで!」「いいや、私よ!」本たちが騒ぐものだから、お店は毎日子どもたちが集まってしっちゃかめっちゃか。
 この店の児童書の番人の一人に、朝子という娘がいました。丈夫な体が自慢でしたが、めくるめく日々に頭はぐるぐる、目はちかちか。一緒に猪のように走り回って、いつの間にか終電を迎えることもしばしばありました。
 そんなある日、一人のおばあさんが朝子さんにこう尋ねました。「かっぱの服、置いてありますか?」かっぱの服は、ありません。ふつうは、「当店は洋服のお取り扱いはございません」の一言で終わるのですが、朝子さんはなにやら楽しくなってきました。かっぱの服?わくわくするではありませんか。
 おばあさんの話によると、お孫さんが幼稚園のお遊戯でかっぱの役をやることになったが、お母さんは仕事で忙しくて作る暇がなく、おばあさんに白羽の矢が立ったとのこと。でも、どの店に行っても「お取扱いございません」と追い払われて、ここにたどり着いたというのです。なんとも冷たい世の中ではありませんか。朝子さんは、どうにかかっぱの服をつくるヒントを探そうと心に決めました。そして二人はかっぱの服探しの旅に繰り出したのでした。
 何かを作るには、教科書を探すことです。まずは実用書売場で、お遊戯の服作りの本を探しました。しかし、どの本にもかっぱの衣裳はありません。近いものが載っていても、おばあさんにはしっくりこないようです。困り果てたその時、おばあさんの「そもそも、かっぱはどんな生き物だったっけ?」という一言が道しるべになりました。
 さて、冒険の舞台は児童書売場に移ります。いろいろな妖怪図鑑を見てもしっくりきません。
 「なんだか、こう、もっと恐ろしくて優しい生き物なのよ」
 おばあさんの言葉を聞いて一冊の絵本が頭に浮かんだ朝子さんは、『おっきょちゃんとかっぱ』という絵本をおばあさんに差し出しました。するとおばあさんの顔はみるみる輝き、「これ!」と叫びます。そして、何ということでしょう。どこに隠れていたのか、おじいさんがひょっこり現れ、「見つかった?」なんていうものだから、声を合わせて笑ってしまいました。
 買ってくれた絵本を見ながら、かごは1階の300円均一、ゴムは3階のユザワヤで…、と店内ガイドに丸を付けて、朝子さんは二人とお別れしました。振りかえれば台車には荷物の山、子どもたちに荒らされた売場が待っています。けれど怖いものはない気がしました。
 今でも、慌ただしい日々の中で時間泥棒にやられそうになる時、朝子さんはこのことを思い出します。後日見せてくれた写真には、ちょっと照れているお孫さんが…。思い出せば、心に血が流れるような気がするのです。
 本屋さんには老若男女、いろいろな人がみんな何かを探しにやってきます。探していたものが見つからなくても、本屋を探検し、そこで一冊を見つけて、ぱっと笑顔になり、その一冊が何かに変り、誰かに伝わる。短い時間の中で一冊でも多く本を売るのが仕事ですが、根っこにはこの感覚を忘れないでいようと、朝子さんは今日も台車を転がすのでした。

タグ(関連キーワード)

コンセプト 審査委員長紹介 お問い合わせ 日本専門店協会サイト プライバシーポリシー
Copy right (c) Japan Specialty Store Association All Rights reserved 2009.