年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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ノンフィクション

第19回 2015年度 受賞作品
入賞作品
作者名:  静谷祐樹
所属企業: ㈱山野楽器

記事(紹介文)


 ある日の閉店間際、酒気を帯びた40から50代くらいの男性のお客様がグループでご来店されました。皆さん、笑顔で楽しそうに話していらっしゃるのを見て、私も少し楽しい気分になってくるのを感じていました。
聞こえてくる会話から、どうやら昔のバンド仲間でお酒を飲み、その流れで楽器店へ来店されたらしいことが感じ取れました。
「これなんていいんじゃないか?」
「おう、買っちゃおうか」
などとお客様同士の会話が聞こえてきたので、さっそく声をかけてみることにしました。
「よろしければギターお取りしましょうか。 試奏も可能ですよ」と私。一人の男性が私の隣にいた別の方に、「お! 弾いちゃえ、弾いちゃえ!」と囃し立てられると、少し困ったような顔で「いやいや、もう覚えていないよ。弾けないよ」と応えていました。
 「俺たちは昔一緒にバンドをやっていたんだよ。同窓会で久々に会って、また昔みたいにバンドをやろうかって盛り上がってね。」
「近くに楽器屋があるから見に行こうってことになって・・・」と皆。うん、うん、うなずきながら楽しそうに話してくれました。
「この人、凄く上手かったんだよ」と仲間の一人がギタリストであろう人を指さして話すと、「いやいや」、と小さく手を振り、それを否定する仕草をしながらも満更でもなさそうです。「今はもう、子供もいるからね。しばらく弾いてないし、ギターなんて買ったら嫁さんに怒られちゃうよ」と笑顔で応えていましたが、少しさみしそうでした。
そこで私は、「もし昔のギターをまだお持ちでしたら、そちらを直して使うのはいかがですか。新たに購入されるより安く済むと思いますよ」とご提案してみました。
男性は嬉しそうに、「本当かい? 今度探して持ってくるよ!」と私に言葉を返してくれました。その後、その男性グループはこれから始まるバンド活動に胸を躍らせるように帰って行かれました。
数日後、ギターを探してみるとおっしゃっていた男性が、ギターケースを抱えてご来店。
「物置から出てきたよ。使えるようになるかな」とギターを取り出されました。拝見させていただくと弦はサビサビ。金属パーツや本体もくすみや汚れだらけです。
「さすがに無理だよねぇ」と男性は笑いながら私に問いかけました。
「お時間と料金が少しかかってしまいますが、大丈夫ですよ!」と私が伝えると、「本当!? よろしく頼むよ!」とギターを置いて帰られました。
すぐさま作業に取りかかり、ふだんより早めに仕上げ、お客様にご連絡しました。翌日、そのお客様が駆け込んでこられました。
「待ちきれず、仕事の休憩時間に来ちゃった」と笑顔で汗を拭われ、私がギターケースを開けると「お!」、さらに、ギターを取り出すと「おお!」。ギターをお渡しすると、「おお!凄い!」と、楽器屋としてはとても嬉しい反応。
「これでバンドができますね」と話しかけると、最初にご来店されたときと同じように、少しさみしそうな表情で、「実は、バンドはやらないんだよね。この前は酒の場のノリであんなこと言ってたけど・・・。やっぱり皆、仕事とか家庭とかあるからさ」
「そうなんですね。」
「でも、このギターは弾くよ。自分の子供にかカッコつけたいからね。親父がギター弾けたらカッコいいだろ?」とお客様は照れ臭そうに語ってくれました。
「えぇ、とてもカッコいいと思いますよ!」
「何より、青春時代の思い出の詰まっている物だからね。綺麗にしてくれてありがとう!」
男性は嬉しそうにギターを抱えて帰られました。
 楽器店は、楽器を売ったり、メンテナスをしたりするだけでなく、お客様の思い出や夢などを支えたり、ドラマやロマンがあるんだと実感した出来事でした。


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