年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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ボタンをひとつ

第19回 2015年度 受賞作品
入賞作品
作者名:  坂井和代
所属企業: 一般

記事(紹介文)

 「すみませんこのブレザーのボタンありますか」
紺色のブレザー。ボタンが一つない。
一人暮らしの母が亡くなり、遺品の整理をしていた時、父のタンスからブレザーを見つけた。背が高くロマンスグレーの髪をもつ父はオシャレな人だった。生前、父と母とデパートに買い物に行くのが好きで、そのブレザーもデパートで買い求めた品だった。元気な頃に買った品だから、かれこれ30年前の品だ。もらってきて主人に着せてみると、あつらえたようにピッタリだった。
問題なのは、ボタンが一つなかったこと。シングルのブレザーはボタンが一つないだけで着ることができない。もしかしたらと思い、デパートの英国ブランドの店に行き、聞いてみることにした。
「古いブレザーなんですけど、金ボタンが一つなくて着れません。同じ物はありますか」
品番を伝え、一つだけ付いている金ボタンを見せる。地方のデパートのショップではすぐ解答を得ることはできない。
「お時間をいただけますか」と女の店員さん。2週間後に電話がかかってきた。見つからず本社まで問い合わせたが、30年前の品なので全く同じ物はないとのこと。大きさ、色の近い物をさがしている。一つだと目立つので前ボタンを二つとも替えてみては、と返答がきた。
「一個400円なので800円に消費税をいただきます」
ボタンが届いたという電話でデパートに行くと、前回対応してくれた店員さんがまっていてくれた。
「おかげで父の形見のブレザーを使えます。ありがとうございました
「そうですか。我が社の製品を大切にしていただき、こちらこそありがとうございました」
ボタンを包装してくれ後、深々とおじぎをしてくれた。二人してぺこぺこ頭を下げる様子は滑稽に見えたかもしれない。手間暇を惜しまず、30年前の品のボタンを探してくれたスタッフと対応してくれた店員さんに胸が熱くなった。自分が働く店の品物に対する誇りが伝わってきた。
 家に帰ってすぐに縫い付けて主人に着てもらった。50代の頃の父と主人の後ろ姿が重なる。「これからは時々会社に着て行くよ」と言ってくれた。「いってらっしゃい」と見送ると、紺のブレザーを着た背中が父のように思えた。ふいに鼻の奥がツーンと痛くなり、姿がぼやけて見えた。

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