年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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おまえ、本当にきれいだよ

第05回 2001年度 受賞作品
入賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:薬粧品販売店勤務

記事(紹介文)

 
 私が現在の店に配属になり、しばらく過ぎた頃、時々見かける女性のお客様がいました。そのお客様は、背中が右へ湾曲し、右手がやや不自由な障害を持った方でした。
 いつも商品を自分で選び、すっと会計をして帰られてしまうのですが、ある日、化粧品を探している様子です。それを見ていた私は「声をかけてみようか。でも、もしかしたら、このお客様は、声をかけられるのが嫌いかもしれない」心の中でとまどいました。そんな時、パッとそのお客様と目が合い、思わず「いっしょに探しましょうか」と声をかけてしまいました。
 お客様は、オドオドし、下を向いたまま「はい」と返事をして、私の紹介した商品を買っていかれました。私は、声をかけない方が良かったのか…。もう来てもらえないかもしれない。そんな複雑な気持ちがあとに残ったのです。 
 それから数日後、うしろから「この間はどうも」と声が聞こえ、振り向くとあのお客様が立っていました。私は、うれしくて懐かしい友人にでも会ったようにいろいろと話をしてしまいました。それから、そのお客様は週に1、2度来て、化粧品の相談をしていかれるようになったのです。
 そして自分自身の話も少しずつ話してくれようになりました。子供の頃からあまり外へ出してもらえなかったこと。いじめられて、自分の体を憎んだこと。手が不自由で、自分の子供を抱いてあげられなかったこと。近所からも仲間に入れてもらえないこと。それでも母として、妻として、女として美しくいたいという心。時折、震えて話す彼女の姿に、私は胸が痛くてたまりませんでした。そして私も始めは、障害者だとさげすむ目でその人を見ていたことに気付いたのです。
 私はこの人の気持ちに、少しでも「力」になりたいと思いました。近々私の店で美容相談会があるのを思い出し、誘ってみることにしました。「恥ずかしいからいい」と断られましたが、「私が側にいるから」という約束で来てもらえることになりました。美容の先生にメイクを教えてもらい、その人は不自由な右手で、眉や口紅を書くことを一生懸命に覚えようとしていました。
 最後に先生に仕上げてもらうと、鏡に向かって口角を上げ、微笑む練習をしていました。その姿は、誰の目からも美しく見えました。そして、その人は来店するたびに本当に美しくなっていったのです。はじめに出会った頃のオドオドした感じはなくなり、どことなく自信が満ちているようにも見えました。
 そしてある日、その人から店に電話が入ったのです。「お母さんがね、『おまえは本当にきれいになったよ、本当にきれいだよって言ってくれたの』。そして、主人と初めて旅行に行くことになったの。いろいろ教えてくれてありがとう」と。
 私を信用し、心の壁を越えて前向きに努力したのはお客様自身なのですが、私自身もお客様と同じように、大切なことをたくさん勉強したと思います。そしてこれから、もっとたくさんのお客様と心の通うカウンセリングのできる販売員として努力してゆきたいと思います。
 今、私の部屋には、お客様からおみやげにいただいた美しいマンハッタンの絵が飾ってあります。

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