年度別受賞作品
退職や転居等により氏名公表許諾未確認の方のお名前は割愛させていただきました。
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一服のお茶

第07回 2003年度 受賞作品
優秀賞作品
作者名:(氏名割愛)
所属企業:和菓子販売店勤務

記事(紹介文)

 
 そのお客様は暮れのお歳暮商戦の真っただ中にいらっしゃいました。陳列ケースからお顔だけが見えるくらいの小さなお姿は、品のあるかわいらしいおばあ様という印象を受けました。「ちょっと配送をお願いしたいの」。「かしこまりました。ありがとうございます」。私は陳列ケース越しの接客よりも、お客様の近くで承ろうと外へ出ると、お客様がケースに寄りかかるように立っていらっしゃったことを初めて知りました。
「足が悪くてごめんなさいね。こんな格好で」。
「とんでもございません」。
売場には、お客様がお座り頂ける席のご用意がありませんでした。「お客様、大変お手数ですが、お座りになって伝票が書けるお席へご案内しますので、いらして頂けますか」。 
私は20mほど先のギフトショップのカウンター席へ、お客様をご案内しました。足がお悪いのにわざわざいらして下さったことに申し訳なさとありがたい気持ちで…。
 無事、接客も終えてお帰りになられる際、お客様は、「大丈夫よ、車で帰るから。来る時だってちゃんと歩いてきたのよ。あなたはお店へ戻りなさい」とわたしを気遣って下さいました。実は売場は大変な混雑で、正直気が気ではなかった私は、お客様のお言葉に甘えて売場の前でお見送りをしました。
 翌日、そのお客様よりお電話がありました。「昨日はありがとうございました」と私。「こちらこそお忙しいのにお手数をおかけしました。実はね、追加をしたいの。できるかしら? 私はこんなんだから、すぐにはお支払いに行けないんだけど…」。
 私はお客様の小さなお姿を思い出し、お客様のご要望に更にお応えしたい気持ちでいっぱいになりました。「かしこまりました。承らせて頂きます。お支払いはご迷惑でなければ、私がご自宅へ伺わせて頂きます」。はじめ、大変恐縮なさっておられたお客様でしたが、夕方お伺いすることをご承諾下さいました。
 慌しい売場から急いで向かったお客様のお宅は、足がすくむほどのお屋敷でした。呼び鈴を押すと、小さな足音がゆっくりと玄関まで近付いてきました。「遠いところを本当にご苦労様。さあ上がって」。戸惑う私をよそに「斉藤さんがいらっしゃるのをお待ちしていたのよ。さぁ、さぁ」とお客様は奥の部屋へ私を誘います。通されたお部屋は20畳ぐらいのお座敷でした。片隅には茶の湯の釜から白い湯気が立ち上がっていました。
 「さぁお座りになって。一服さし上げます」。私は状況がやっと呑み込めて大変恐縮しながら座しました。「今はとっても忙しいんでしょう? だからせめて、斉藤さんにここでお茶をさし上げて、一息入れて欲しいの。本当に今日はありがとう」。私のためにお茶を点てようとわざわざお待ち下さったとのこと。足はさすがに崩しておいででしたが、凛としたお姿は、慌しくかけこんで来た私自身とは対照的で、こんなふうに静かに私どものお菓子を味わって下さるお客様がいらっしゃることを、少しでも忘れていた自身を恥じました。
 そして、お客様のご期待に多少でもお応えできただけでも嬉しく、また、販売員としては当たり前のことでさえあるのに、私を労って下さったお客様の心遣いにただただ頭が下がりました。お客様のお宅を辞して外に出たときは、冬の夜の静寂が辺りを包んでいました。そんな寒さの中、私の心だけは温かいあの笑顔とお茶でほんわり温かくなっていました。
 店頭での接客は、短い時なら1分ほどで終わってしまうこともあります。そんなわずかな時間の中にも、ご来店下さるお客様には、お一人おひとりのご事情、思いがおありです。そうしたお客様のご期待にお応えできたことがきっかけで、こんなにも大きな感動が生まれることを知りました。そしてあの日から私は、この感動をもっともっと感じていきたい、そのためにはこの一期一会を忘れずに、これからも一人ひとりのお客様と接していこう、と思いながら、今も店頭でお客様をお待ちしております。

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